2025 ぐんまマラソンをロング走として走る
足底腱膜炎に悩まされた夏、思ったような練習ができなかった。
騙し騙し走ってきた中で、新潟マラソンでジョグペースながら走り切れたこと、その後のダメージがそれほどでは無かったことが自信になった。
ジョグにゲンニンバスを購入、インソールはオーダーメイドで作成し、少しずつジョグの距離を伸ばしてきた。
この春は長野マラソンを3:03で走り切れたため、調子が良ければこのぐんまでサブ3を狙いたかったが、この夏の練習を考慮すると、今その走力はないと判断した。ガーミンの予想は3:15くらい。昨年のみやぎ復興マラソンは3:15。この時は35キロでハムを攣って動けなくなり、息も絶え絶えでゴールしていた。今回は3:20を目標に、ネガティブスプリットで走る、足底の痛みを悪化させないことを目標に、ロング走の位置付けで出走することとした。
5時に起床、卵かけご飯、うどん、
6:14の新幹線で高崎へ。移動中に大福二つ。
高崎駅からバスで会場へ。間に合ったものの、荷物預けてトイレ行って慌ただしくスタート位置へ。
10キロまではキロ5で様子見と思っていたが、周りに合わせると4:40-50がちょうど良く、そのペースで進めることとした。

最初は右足底が痛んだが、段々と楽になった。

14キロくらいまでダラダラとした登り。腰高を意識して乗り切る。なんとなく左ふくらはぎに違和感があるが、大事にはならず。結局、最後まで左ふくらはぎは大丈夫だった。
ハーフを過ぎた辺りで右足首が痛くなってきたため、鎮痛薬内服。
俺は摂取す、を補給したが、何味だか分からないまま口に入れたら異常に苦く感じられた。なんじゃこりゃと思ってパッケージを見返したらゆず味だった。水っぽいので、半分くらい顔にかかってこぼれてしまった。ベタベタして不快。
25キロ過ぎから、身体は動かし痛みもそれほどでは無いので、ペースを上げた。4:30

心肺は余裕。脚も大丈夫そう。

32キロで向かい風と叩きつけるような雨が降り、ややペースダウン。しかし、幸いに2キロ程度で雨は止み、風も弱くなって、心はおれずに済んだ。
35キロ、ここからペースアップしたいと考えていたので、一段ギアを上げる。一気に4:10にペースが上がり、心拍にも響く。
40を過ぎてさらにアップと思っていたが、残念ながらその脚は残っておらず。右ふくらはぎにピリッとした攣感あり、
出し切らずに終えるという目標を第一に、追い込まずにゴール。
3:14:54、去年より6秒早くなったし、まだ走れる感じがあり、とても良い練習になった。
2025 長野マラソン 備忘録
5時起床 卵かけご飯、味噌汁、バナナ1本(直前にゼリー)
5時40分 上越市出発
7時 真如苑駐車場到着 駐車場に簡易トイレがあり利用
7時30分、手荷物預け場所より奥のグラウンドのトイレへ ここは空いている
日焼け止めを塗って準備完了
7時55分に荷物を預けて、8時にCブロックへ
待ち時間と最初の給水がうまく取れない可能性を考え、パウチのOS1りんご味を携帯、これは良かった!最初の給水が取れなくとも不安を感じなくて良いという心理的なメリットあり。
8時30分 スタート タイムロスは30秒ほど
周りにのペースに合わせて進む
最初の1kは4:22
次の1kで道幅が広くなり余裕を持ってレースペースに上げることを意識したが、力んでいたのか3:59のオーバーペース
この時点でサブ3ペースメーカーを近くに捉えられたので、そのまま後ろにつく作戦
5km地点の最初の給水は非常に混んでおり、パスすることに。OS1のおかげで気分が楽。
善光寺までの上りは脚を使わないことを意識、周囲のランナーに抜かれるが気にしない。
表参道はスピードが出るので、股関節で衝撃を受けるような気持ちで下っていく。キロ4:00
今回のマラソンは、脚のダメージを最小限にして後半に挑もうと思っていたので、意識して脚を回すようにした。平均ピッチは199(回しすぎ?)
ここから23キロくらいまでは眠れて進めた。キロ4:10くらいでペーサーについていく。
しかし。
24kmで、右ふくらはぎにピキッとした攣りの兆候が出現し、これ以上は力まないことを決意。ピッチとハムやケツを使った走りを意識して4:20程度を維持。徐々にペーサーから離れていくが無理はできない。大崩だけは避けたい。
30キロのフタコブラクダは上りで使う筋肉が変わるので、心拍数は上がるものの脚のダメージはたまらない。しかし、ここで心拍数が上がってしまったため、33キロくらいまでが心拍的に一番キツイ。給水で少しペースが落ちる。「諦めると楽だろうなぁ」と何度も邪念が頭をよぎるが、PB出さないとカッコつかないという意識でなんとか進む。風がない瞬間に暑さを感じる。水を脚にかけて攣りを抑える。
35キロからの地獄の堤防。向かい風。4:30-4:45で凌ぐ。周りがゆっくり落ちていく。後ろからすごい勢いで抜いていく人もいる。自分はあえぐ。このペース帯の人は耐え凌ぐ人が多い印象。自分のペースがよくわからなくなるが、筋疲労のためにペースを上げることはできないので、ピッチを落とさないことだけを意識。腰高のフォームにすると脚に電撃が走るため、むしろ腰を落とし気味にしてASIMOのような摺り足走行。カッコ悪いが仕方ない。
39km、4:55、堤防の最後の方が最も辛かった。
40kmから4:33で耐える。
42km、茄ぉ先生の応援を受ける。そしてゴールへ。
3:03:13


総括
高速ピッチが最善の策かはわからないが、自分は今シーズンのラストでPBを10分更新できたので大満足。いわきサンシャインでは35km過ぎで心が折れた。新潟ハーフでは16キロで折れて、18キロでASIMO走りで復活した。その経験がラストレースに活きたと思う。
サブスリーのペーサーが徐々に離れていく姿を目にして、その壁の高さを実感したが、一方で、乗り越えられないほどの非現実的な壁ではないと思えた。これらのオフシーズンを有意義に練習できれば、来シーズンには達成できると信じられるようになったことが一番の収穫。
途中から辛くなるのは、その時の最善を目指している過程だから、あたりまえのこと。諦めずに脚を回すことができて本当に良かった。
2025 角田山一周ハーフマラソン
備忘録
5:30起床、卵かけご飯、味噌汁
7:00出発
7:50会場到着、スムーズに駐車場🅿️
8:30トイレを終えて外へ、小雨が降るがすぐに止む
曇り空、風なし。最高の天気✨
タンクトップ、アームカバー、ハーフタイツ、カーフスリーブ、薄い腹巻き

スタート直前まで上着を着ていられた
スタートラインから10mくらいのところに並び、スタート
2キロくらいまではキロ4、心拍数高め
民家を超えた先から、まあまあの登りが始まる
腰高で、ピッチ走法で、スピードは落ちても出力は一緒を意識、何人かに抜かれるが気にしない
下りは、脚ではなくケツで衝撃を受けるイメージで走る
シーサイドに出るまで、何度かの登り下りあり、まだ頑張らないと我慢する
シーサイドの登りは、周りのランナーに合わせてペースを落とす。腰高、脚を使わない。
13キロからの登りは、階段を一段ずつ登るイメージで、ケツを使ってタンタンと進む
抜かすこともないが、抜かされることもなく、前に離されることもなく、雪割草やカタクリの花を見ながら5:40くらいで進む
500m毎のカウントダウンが気持ちを繋いでくれた
パラパラとしかランナーがいないため、ボランティアさん一人一人に応援してもらえるのは気持ちが良い。できる限り笑顔で応える。最後は腕を使って登り切る。
下りは2.5キロ、幸い道が乾いていたので、前腿でブレーキをかけないように、脚を使わずに重量で落ちていくようなイメージで脚を回す。
18キロくらいで茄ぉ先生の応援あり。脚もよく動く。下り基調なので、3:40程度で進む。
19キロからは頑張ろうと思っていたのでギヤを上げた。3:56-3:42、息が上がるスピードでも脚は残っていた。ここで4人抜く。
脚も心肺も充分使い切ってゴール。ゴールテープを切らせてくれるのは嬉しい!

1:27:20
目標が90分切りだったので、大満足の結果。
番外編 バンコクへ息子と二人旅
金曜日の深夜便、0:05発
22:00頃に羽田着、出国はスムーズ、預け荷物もなく、待ち時間長め
出国後のラウンジはプライオリティパス利用のラウンジであったため、使用せず
浅い眠り、脚がだるい。

朝5時ころに定刻通りにバンコク到着、空港の中ではそれほど暑さは感じない。

エアポートトレインでマッカサンへ、そこでMRTペチャブリ駅へ移動し、そこからサームヤーンへ
7時、サームヤーン駅からマンダリンホテルへ
荷物を預けて街をうろつく予定であったが、幸いアーリーチェックインできるとのこと。移動による疲労が溜まっていたため、1440B払って、部屋へ。
古いホテルをリノベーションしたらしいが、部屋はビジネスホテル並。
最初、電気がつかず、これはすぐに自然と改善。
続いて水がでず、ルーム係へ電話。若い女性が部屋に現れてすぐに水を出してくれた。コックを回す(傾ける)向きが違かったようであった。
少し休んだ後に、せっかくなので朝食を食べに行こうと、ホテルを出た。

移動中、リスの追いかけっこに遭遇。
チャルンセンシーロムで豚足。


豚足大と米飯を1つずつ、コーラ2本で、210B
コラーゲンの塊のような皮とほろほろの肉、味付けはさっぱりとしていて、非常に美味しい。

続いて、すぐ近くのプラチャックローストダックへ
鶏肉と豚肉のぶっかけご飯、甘めのタレ


徐々に日が上がり、暑くなってきた。帰り道でソフトクリームとレモネードを買う。

埃っぽくて臭い、パパが近いっていう距離は近くない、人の迷惑になるようなところで写真撮らないで、色々と文句を言う息子。

ホテルの近くにマックスバリュのスーパーがあり、日本の飲食物が色々あった。コンビニのアイスも日本系多め。
朝寝の後、昼はサームヤーンミッドタウンへ
腹は減っていないが、せっかくなので何か食べたいという気持ちから、After youでマンゴーかき氷
さらに昼寝、外が暑いので観光に行こうなんて気にならず。
17時くらい、さすがに外に出ようかということで、サームヤーン駅からワットマンコン駅へ
構内から中国的
外に出て、路地を通ってヤワラートへ
乾物や香の物の香りが混じった異様な匂いに息子はノックアウト。
ヤワラートは観光客でごった返していた。
ヘンディーシャークフィンスープにピットイン
香港ヌードル、フカヒレスープ、チャーハン うまい。


チャイナタウンからサームヤーンへ歩いて変える。
途中で、ナイトマーケット的な屋台街が二箇所あり、物珍しので見て回る。
生演奏と、様々な香り。
ホテルまで2km程度だが、息子には果てしない距離だったようで、疲労の色が濃くなった。
そのまま就寝。
バンコクの街には廃ビルが多いことに気づき何故かと問う息子
タイには断層がないので地震がないから放置されやすいんではないかと答えた。
まさか、翌週に200年ぶりの大地震が起こるとは・・。
5時起床
周回コースを5周。東南アジアのねっとりとした湿度と暑さを体感し、汗だくで帰宅。


公園は、日曜日だからかランナーが多め。
朝ご飯はバイキング
ビジネスホテルとリゾートホテルの中間というような雰囲気と内容。
午前中の涼しいうちに外に出ようということで、グラブでタクシーを呼んでチャトチャックマーケットへ B190
息子は車酔い・・
マーケットは広く、迷路のような作り
ペットボトルの水を繰り返し飲む息子、暑さがまして、疲労感がます息子。
ヤシの実を飲んでみたいということで、カフェで休憩。メロンの搾り汁を水で薄めたような味ということを体感できた。

サームヤーンに戻って、昼はモンティエンホテルのルエントンレストランへ
有名なチキンライスと、エビの中華あんかけ麺

息子は、チキンライスのスープが気に入ったよう
いわく、「日本食みたいで、さっぱりしていて美味しい」とのこと
たった一日だが、タイ料理は味が濃いので、日本的なスープに懐かしさを感じたようだ。
ホテルに戻って、また休憩
ホテルにはランドリーサービスは非常に高額だったため、近くのランドリーへ 50B で洗濯、50Bで乾燥
息子は、お腹がスッキリしないとのことで、トイレとお友達
トイレットペーパーを使い切る勢い

夕方、一箇所くらい観光に行こうということで、MRTでサナイチャイ駅からワット・ポーへ
道端で売っていた焼き鳥を1本20Bで買って食べる、息子はたいそう気に入ったようだ
これも日本と同じような味付け、すでにホームシックぎみ・・。
タクシーで帰ろうかと思ったが、車酔いするから電車が良いということで、地下鉄で帰る。
ホテルの近くのサワンバミーガンプーへ
ミシュランのビルグルマン店だが、量が少なく、これといったインパクトのない麺

翌朝は、ベンジャキティ公園までランニング


息子「外に出ているときはいいんだけどさ、パパと二人でホテルにずっといると、話すことなくて居心地が悪いんだよね。ホームシックになっちゃう。」
私「酒でも飲もう」
夜、私のいびきが煩すぎて、息子は寝付けなかったらしい。

帰国日、15時発の便であったため、朝からアイコンサイアムへ、
あえてチャオプラヤー川を船でわたりたかったので、船着き場へ

ほんとにこの道であってる?というようなローカルな裏道を通ってアイコンサイアムへ



ティップサマイのパッタイと、オレンジジュース
タクシーではなく、電車で空港へ
途中でチキンフライと駅で買って食べる息子。チリソースが少し辛かったようだが、美味しいと。
最初は臭いと言っていた街に、2日で完全に慣れていた。
日本に帰ったら、また違う匂いがして臭く感じるのかなと変な心配をする。

















